親の期待と子供の気持ち 後編
************
このブログは、無念のまま亡くなった姉の病気を未然に防ぐため、過去に戻ることを決意し、いろいろ試して過去に戻るまでの記録です。
************
2022年1月27日
ブログでも何度か書いているとおり、私と姉は同じ美術系の大学に進学しました。
姉が受験する大学の希望を伝えたとき、父はかなり渋っていました。
せっかくエスカレーターで進学できる女子大があるのにもったいない…といった理由だったようです。
また元々芸術に対しての理解がなく、「絵なんか描いていてもお金にならない」「評価するのは他人なのだから努力だけでは何ともならない世界」などと否定的でした。
姉は学校の美術の先生に相談したり、一生懸命資料を集めて父を説得していました。
努力が実り、最終的には父の理解を得て無事希望の大学に進学することができました。
ただ父は典型的昭和脳なので、正直言うと納得したというよりは女の子だしどうせ嫁に行くからいいか、という感じだったと思います。
恐らく姉は親の言うことを聞いて女子高に進学したことを後悔していたのではないかなと思います。
大学進学の際には同じ轍を踏みたくないと思ったのでしょう。今改めて考えると大人しい姉が父に反旗を翻すことは相当覚悟がいったと思います。
その後、姉が大学について色々と調べた内容を見て私も同じ進路にしたくなり、次の年は姉の後を追って同じ大学を受けました。
もちろん父は何も言いませんでした。
自分が苦労して切り開いたレールの上を、何の苦労もなくついてきた妹についてどう思っていたのか、これまた姉に確認する術はもうありません。
今度会うことができたら恨み節を覚悟で聞いてみたいと思います。
ちなみに父はある程度の理想を押し付けてはいましたが、頑なに認めないほどの石頭ではありませんでした。
まあそれもこれも先述したように「どうせ女の子だから…」という思想だったから軟化していたのだと思います。これが息子だったらそう簡単に好きにさせてもらえなかったでしょう。
逆に言うと「女の子は社会的に貢献しない」と思われていたのかと思うと腹立たしいのですが。
期待されるのも嫌だし期待されないのも不満という複雑な心理です。
しかし「どうせ女の子は嫁にいきゃ何とかなる」と思っていたであろう父ですが、2人の娘のうちのひとりは嫁に行かずに家に居座っているので、今は恐らく考えは改めているような気がします。
意図せず身をもって教えてやりました。